『PURSUIT』





 それは、大きな物語が終わりを告げてから一年と半年が過ぎた頃――。


 バルフレアは、シュトラールの中で、相棒が壊したエアバイクを修理していた。
「フランの奴……どんな乗り方すりゃ、ここまで壊せるんだ? ちっ……こっちもイカれてやがる。おい、ノノ、スパナ寄越せ」
 近くにいるはずのモーグリに向かい、バルフレアは呼びかける。エアバイクの故障箇所から目を離さず、手だけをそちらに出せば、心得たように工具が乗せられた。その反応の早さに満足を覚えながらも、バルフレアが工具を握れば、しかしそれは自分が求めたものではなく。
 軽い舌打ちとともに、バルフレアはようやくエアバイクから視線を外した。
「おいノノ、何やってる。俺が言ったのはスパナだ。ドライバーじゃねぇ」
 そこには、緑のつなぎを来て、細長い耳と存在意義がよく解らない赤いポンポンを揺らしたノノの姿があるはずだった。だが、バルフレアの瞳に映ったのは、その愛らしい姿ではなく、ヒュムの足。
 ――……ヒュムの足?
 シュトラールの中にいるヒュムは自分だけだ。おまけにその足は女性のもの。相棒であるフランも女性だが、彼女はヒュムではなくヴィエラ。その足は見惚れるほどに美しいが、ヒュムのものとは少々異なっている。それに、当のフランは何やら用事があるとかで、現在艇を降りており、ここにはいないはずだ。となるとこれは……。
 ――……………………。
 嫌な予感とともに、バルフレアは視線をあげた。徐々に明らかになるヒュムの正体。その顔を見た瞬間、情けない事にバルフレアはひっくり返った。
「……アーシェ……」
 目の前に立ちこちらを見ている女性は、一年半前まで苦楽と生死を共にした仲間の一人、アーシェ・バナルガン・ダルマスカ。肩にかかるプラチナブロンドと、意志の強さを物語るきついグレイの瞳。ご丁寧に、纏っている服まで旅の時と同じものだ。
「久しぶりですね」
「あ……ああ……」
 バルフレアは自分でも間抜けだと思いながら、その言葉に頷いた。頷きながらも、頭の中は混乱している。何故ここにアーシェがいるのだろう。半年前、復興したダルマスカの女王として即位をしたはずの彼女が、こんなところにいていいわけがない。
 おまけに。
「お元気そうで、何よりです」
 ――……怒ってやがる……。
 元々、愛想がいい女ではなかった。笑ったところなど、数える程しか見た事がない。特に出会ったばかりの頃は、全身に刺を纏っているような気さえしたものだ。確かに亡国の王女であり、国の復興をその肩に背負っていたのであれば、無理もないことだろう。十九という歳の若さと、自分一人では何も出来ないという無力さを思い知らされた後ならば尚の事。だが、それでも強くあろうとする凛とした姿は、美しくも痛々しく、バルフレアが彼女に興味を持ったのは、そのせいだったのかもしれない。
 しかしそんな彼女も、旅の終わりの頃には、年相応の少女らしい――夫を失った未亡人に、少女という言い方は不似合いだろうが、十九という歳を考えれば、まだそう言ってもおかしくはないだろう――表情を時折見せるようにはなっていた。しかし今のアーシェが纏っている空気は、出会ったばかりの時に見せていた、堅固なものだ。
 バルフレアは、情けない体勢を整えて、とりあえずの笑みを作った。
「そちらさんも元気そうで」
「ええ、おかげさまで」
 言葉にも刺が有る。いったいアーシェは何を怒っているのだろう。思い当たるのはあの旅の時、取引の条件にと彼女から強引に手に入れた亡き夫の形見とやらの指輪だが、それはすでに返してくれとヴァンに頼み、本人の口からちゃんと返したと聞いている。他に心当たりはない。
 さしあたっては当たり障りのない話をしておくべきかと、バルフレアは口を開いた。
「そうそう、無事に女王として即位したそうだな。おめでとさん」
「……ありがとう」
「その女王さまが、空賊の艇なんかにいてもいいのか? 家臣や国民にバレたら、スキャンダルだろうが」
 バルフレアは空賊。つまり追われる身だ。ダルマスカは空賊狩りに力を入れているわけではないが――復興したばかりの国に、そんな余裕があるわけもない――それでもアーシェとは対極の立場だ。
「今わたしは、アルケイディアにいることになっています。わたしがここにいることは、ラーサーとバッシュ、そしてフランしか知りません」
 アーシェの口から出て来た名前に、バルフレアは軽く舌打ちをする。ラーサーとバッシュもまた、旅の仲間だ。現在、アルケイディアの皇帝であるラーサーと、弟の遺志を受け、ジャッジマスターとしてラーサーを支えているバッシュが味方についているのなら、誤魔化す事は簡単だろう。そして、フランも一枚噛んでいるとなれば、自分に気づかれずに艇の中に入り込む事も可能だ。
「おいおい、そいつは権力乱用ってことになるんじゃないか?」
「御心配なく。ラーサーとは会談をすませていますから」
「ほぅ。一応仕事はしてるってわけだな」
 バルフレアは肩をすくめた。ここまでくると、騙されたようでいい気はしない。そもそもここは自分の艇。その気になれば、アーシェを追い出す事も出来るのだ。バルフレアは何だか苛立たしい気分で、修理をしていたエアバイクに目を戻した。ダルマスカの女王だろうが何だろうが、この艇の中では、アーシェはただの侵入者でしかない。何故こちらが気を遣う必要がある。
「で、女王陛下には、空賊風情に何用ですかね」
 自分でスパナを探し、エアバイクの前に座り込むと、修理を続けながらバルフレアは問いかけた。
「……………………」
 アーシェは黙る。自分に向けられる空気が、怒りから戸惑いに変わり、そしてまた怒りへと戻ったのが感じられた。だが構わずバルフレアは続ける。
「悪いが、女王陛下の気紛れに付き合ってられる程、こっちは暇じゃないんでね。用事があるならさっさとお願いしたいんだが」
 アーシェが、この言葉に軽く息を飲んだ。自分でも冷たい言い方だと思う。仮にも憎からぬ感情を抱いている女に対する言葉ではないと。だが、それも時と場合による。
「それとも、退屈しのぎの遊び相手が欲しいのか? だったら他を当たってもらいたいもんだ」
 その時、アーシェが小さな声で呟いた。
「どうして……貴方は……」
「あん?」
 思わず顔を上げる。同時に頭上に何かが振り上げられたのを感じ、咄嗟にそれを掴んだ。掴んだもの……それはアーシェの手。そう言えば彼女には、再会したバッシュに向かい、人目も構わず平手打ちを食らわせたという過去があった。
「離しなさい!」
「あのな、殴られると解ってて、離す馬鹿がどこにいる」
 呆れたように言えば、アーシェの表情が悔しそうに歪む。にも関わらず、泣きそうな顔をしている、とバルフレアは思った。
 ――そんな顔をさせてるのは、俺か?
 と、アーシェの手から力が抜ける。顔を俯かせ、表情が隠れた。
「……どうして……どうして貴方は……そうなのです? 一年半前のあの時……わたしがどんな想いでこの艇の中に居たのか、貴方には解らないの……!」
「……………………」
「貴方がバハムートに残っていると解った時……わたしがどんな想いで貴方に呼びかけたのか……! わたしはまた……大切な人を失ってしまうのかと……」
「……アーシェ……」
「生きているとは信じていました。でも不安だった。だから、ヴァンとパンネロから、貴方にシュトラールを盗まれたと聞いたときは……嬉しかった……」
 一年半前の最期の闘い。敵……と言っていいのか、今では判断に苦しむが、あの時は倒さなければならぬ相手だったヴェインを退けたあと、グロセアリングが停止し、ラバナスタに墜落しかけたバハムートを阻止したのはバルフレアとフランだった。そして、あの時バルフレアに呼びかけたアーシェの声は、王女と言う立場も、誇りも、何もかもかなぐり捨てた一人の女のもの。誇り高き王女さまからあんな声を引き出せたのだ。男冥利に尽きるなと、怪我をしながらもからかう相棒の言葉を聞きながらバルフレアは思ったものだ。
「あれから、貴方の話は何度も聞きました。ヴァンやパンネロ、バッシュからでさえ。なのに、貴方はわたしの前にだけは、姿を見せてはくれなかった。戴冠式の時でさえ、貴方は来てくれなかった。わたしは……一目でいいから、あなたの無事な姿をこの目で確かめたかったのに……」
「……アーシェ……」
 アーシェの顔を隠すプラチナブロンドと、むき出しの白く細い肩が小刻みに震えている。その髪は、あの旅のときよりも滑らかな艶で輝いていたが、肩の細さは変わらない。むしろ、少し痩せただろうか。それは、彼女が過ごした一年半が、安寧としたものではなかったという証。その、国の復興を背負った日々の中でも、アーシェは自分の事を忘れずにいてくれたのか。
 そう思った瞬間、バルフレアは小さく息を吐いた。
 ――……降参……だな。
「参ったね」
 その言葉を呆れたものと取ったのか、アーシェの肩が大きくびくつく。
「女を泣かせるのは、ベッドの中だけだってのが、俺の自慢だったのにな」
「泣いてなど!」
 バルフレアの言葉に、アーシェが顔をあげた。言葉とは裏腹に、涙のたまるグレイの瞳の目元に、バルフレアは口づける。
「……な……!」
 突然の事に、アーシェア軽く後退さった。だがその足も、バルフレアの次の言葉で止まる。
「悪かった」
「……え……?」
「アンタに会わなかったのは……つまらない男の意地って奴だ」
「意地……ですか?」
 困惑したような、アーシェの表情。バルフレアは掴んでいた彼女の手首を離して続けた。
「ああ。男ってのは、プライドばかり高い、馬鹿な生き物らしいな。フランの奴がよく言う」
 きっとあの相棒は、バルフレアの気持ちなど見通していたのだろう。だからこそ、この茶番に乗ったに違いない。確信したバルフレアは心の中で苦笑した。そんな自分とじっと見つめているアーシェのグレイの瞳に、観念したように息を吐く。
「つまりだ。もう俺の手を必要としなくなったアンタを、見たくなかったからだ」
 旅は終わった。亡国の王女は祖国解放の女王となり、空賊の力はもう必要ない。指輪を返す事でそれを認めながら、会う事を拒んだのはつまらない意地だ。
「……男の意地なんざ、惚れた女を泣かせてまで貫く価値のあるもんじゃないな」
 この言葉に、アーシェが驚きに瞳を見開き、ついで微笑んだ。素直な喜びが零れたような笑み。こんな風にも笑えるんじゃないかと、喉まで出掛かかった言葉をバルフレアは飲み込む。言えば、この笑顔は消えてしまうだろうから。
 代わりににやりと笑うと。
「で、俺はまだ、アンタがここに来た理由とやらを聞いてないんだが」
「あ……」
 途端にアーシェの頬に朱が刷かれる。その表情が答えになっていると思いながらも、バルフレアは沈黙で答えを促した。先程のアーシェのように、今度はこちらがじっと見つめてやると、軽く瞳を落とし、それから小さな声で言う。
「……あ……なたに……会い……」
「聞こえねぇな」
 意地悪く急かせば、アーシェの形の良い唇が軽く引き結ばれた。バルフレアが何かを感じたのと、アーシェが身を躍らせて飛びついて来たのはほぼ同時で。
「……これで……答えになりませんか?」
 自分の胸元に顔を埋めるようにして言うアーシェに、バルフレアは苦笑した。
「……女王になって、随分と大胆になったもんだ」
「時には大胆にならないと、国は治められません」
「違いない。だが……今はタイミングが悪いな」
「?」
 不思議そうに顔を上げるアーシェ。バルフレアは両手を広げ、極力アーシェに触れないようにして、答えた。
「エアバイクの修理中で、俺はあちこち汚れている。こんな姿でご婦人のお相手は失礼だろ?」
「……貴方らしいわ」
 微笑みながら離れるアーシェに、バルフレアは笑った。
「なに、すぐに戻る。お忙しい女王さまを待たせるわけにはいかないからな」
 それから先程、汚れた手で握り締めたアーシェの手首を、白いハンカチでふきとった。綺麗になった手に軽く唇を落とせば、再びアーシェの頬が染まる。素直な反応は、愛しいと思わせるもの。
「そんな顔をするな。また、盗みたくなる」
「今度は貴方の意志で?」
 以前はアーシェの望みだった。だが、今は。
「ああ。俺の意志でだ」
 答えれば、頬を染めたままふわりとアーシェが笑った。
「では、盗んでください。わたしの時間を」
「時間だけでいいのか?」
 口元をつり上げて尋ねれば、ますます朱に染まるアーシェの頬。
「……後は……貴方に任せます」
 恥じらうアーシェに、バルフレアは少し顔を近づけて。
「覚悟しとけよ。空賊に盗まれたら、逃げられないぞ」
「それを言うなら、貴方こそ覚悟をしてくださいね。捕まえた空賊を逃がす程、甘い女王ではありませんから」
 可愛らしく恥じらったかと思えば、気の強い不敵さを示す言葉を吐く。いい女だ、と改めてバルフレアは思った。だからこちらもそれに応えるように。
「上等だ」
 言うと、バルフレアはアーシェから距離を置いた。
「コクピットに行っててくれ。今日は特別に、アンタのためだけに、コイツを飛ばしてやる」
「はい」
 アーシェは頷いて、コクピットへ向かって行く。その華奢な後ろ姿を見て、バルフレアは思った。
 バルフレアがアーシェを盗むのか、それともアーシェがバルフレアを捕らえるのか、さて、どちらになるのだろうか、と。だが、そんな関係も。
 ――悪くない。
 女王と空賊。そんな危うい関係でさえ、これからは楽しみになりそうだ。
 そう思うと、バルフレアは小さく笑った。

PURSUIT 了
06.10.01 UP






初書きFF12はノマカプのバルアシェで。
しかし……ラスト(?)の姫様の絶叫にはマジで驚いたなぁ(笑)
姫様には、今度こそ幸福になってもらいたいものです。
そして……バルはもっとカッコイイのにと呟きつつ書いていたのは内緒(隠してません)










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