1
いつものように(?)セイリオスの、執務室に現われたメイが言った。
「ねぇ……殿下。大丈夫?」
「何がだい?」
「ん……だって……なんか疲れてるみたい。顔色よくないよ?」
もともとセイリオスは色が白い。そりゃあ王宮の執務室で、毎日書類とにらめっこでは、日に焼ける機会もそうないだろう。だが……何だか今日のセイリオスは、いつもよりも一層白い。
「疲れてるなら……休んだ方がいいよ?」
「ああ……ありがとう、メイ。大丈夫だよ。気にしてくれてありがとう」
にっこりと優しく微笑まれ、メイは思わず軽く赤面。本当にこのセイリオス殿下は、お伽噺の王子様が、絵本から抜け出たようなのだ。真っ当(?)な女の子だったなら、こんな笑顔を向けられて、平静でなんかいられないだろう。
そして……メイも例外にあらず。
──う……殿下って……ホントに王子様ってカンジだよね……。
もといた世界の友達に、このセイリオスを見せてやりたい。そして……この王子様が、自分の恋人……もとい婚約者と、いうことを思いきり自慢してやりたい。
「だけど、メイ」
「ん? 何?」
「また、私の事を殿下って呼んでるね」
──はうっ!
メイは思わず顔をしかめた。こうなる前はセイリオスのことを、『殿下』と呼んでいたために、なかなか……名前で呼び慣れない。気が付くと以前と同様に『殿下』と呼んでいたりするのだ。
「……ゴメン……」
「約束、覚えてるよね」
「う〜〜〜〜〜」
約束……それは一度メイが、セイリオスのことを『殿下』と呼ぶ度、一つキスをするということ。
「ちゃんと、約束守ってもらうよ」
「……ねぇ……セイル……コレってすっごく恥ずかしいんだよ?」
「解ってるよ。だから効果があるんだと思うんだけどね」
──……絶対殿下って性格悪いと思う……。
だけどメイはそんなセイリオスが、好きになってしまったわけで……。
「メイ」
──うううう……。
促すように言うセイリオス。メイは『ええいっ!』と覚悟を決めると、セイリオスの頬に唇を寄せた。
だが。
「そこじゃないよ、メイ」
──え?
「頬にキスなんて、私の事を子供扱いしているのかい?」
──それって……。
つまり、唇にキスしろと……?
──殿下って、完全無欠に性格悪いっ!
それでもメイはセイリオスの、唇に軽くくちづけた。
「こっ……これでいいでしょ!」
「……そうだね、まぁ、許してあげよう」
──許してあげよう、ときたかい……。
メイ、ちょっと握りこぶし。
──ぜーったい、後で仕返ししてやるっ!
とは言っても今までに、メイがセイリオスに勝ったためしは、一度たりともないのであるが。
そんな風にメイが懲りずに、何度目かの決心をしていると。
「でもメイ、メイこそ大丈夫かな?」
「え? 何が?」
「私には、メイの方が疲れているように見えるよ?」
──……それは多分殿下のせい……。
こんな性格の悪い恋人を持つと、色々苦労をするものだから。
「またキールに難しい課題でも出されたのかな?」
「ん〜、ま、ね。でも、このメイさんがそーんな課題ごときで堪えるわけないでしょ?」
「それもそうだね」
「………………」
──あの〜……嘘でももうちょっと何か……ない?
疲れているように見えると言いながら、あっさりとそう納得するか? 確かにキールの課題ごときで、メイが堪えることはない。どっちかってーと堪えるのは、課題を出したキールの方だ。ギリギリになっても提出しない、メイにハッパをかけるのは、この保護者さんの役目だから。以前なら放っておくところだが、今やメイはクライン王国、次期皇太子后なのである。早く魔法院卒業させて──それもしかるべき成績で──王宮にメイを預けなければ。それが遅れれば責任は、全部キールが負うことになるのだ。
──それにしたってさぁ……。
そうメイが少しいじけていると。
「でも、メイには色々と大変な思いをさせているから……すまない、メイ」
真剣な瞳でセイリオスが言った。その言葉を聞いたメイは、今まで怒ってたのにも関わらず、ちょっと……いやかなり嬉しくなった。やっぱり……好きな人が自分を、心配してくれるというのは嬉しい。だけどこのセイリオスに、余計な心配はかけられない。他にも問題山程抱え、激務をこなしているのだから。
「だーいじょうぶ! 殿下が謝ることなんかないの。このメイさんにまっかせなさい!」
何を任せるかなんてのは、このさいこっちに置いておいて。
「だから殿下は、あたしのことなんて気にしないで……」
そこでセイリオスはにやっ。
「メイ」
「え?」
「また、やったね」
──はううっ!
「今は二回言ったから、約束のキスは二回だよ?」
──………………。
「ね」
セイリオス殿下の最強兵器、とびっきりのロイヤルスマイルを、向けられたメイに勝機などなく……。
──この……腹黒殿下っ!
心の中で叫びながらも、メイは約束通り二回、セイリオスにキスをしたのだった……。
2
「それにしてもなぁ……確かに……色々とストレスはたまってるのよねぇ……」
なんだかんだと言いながらも、セイリオスの部屋に居座っているメイは、お茶を飲みながら呟いた。
「ね、でん……セイルもストレス溜まるでしょ? 溜まらないわけないよね? こーんなに沢山仕事があるんだし」
「そうだね。まぁ……ストレスを感じることはあるね」
セイリオスのその答えに、メイは軽く身を乗り出した。
「そういう時、セイルはどんな風に発散してるの?」
「発散……と言われても……」
珍しく困った様子のセイリオス。メイはここぞっ! とばかりに言う。
「ねね、あたしにも教えてよ。やっぱ、お忍びで出かけるとか?」
まるで何か面白いものを、見付けたように目を輝かせる、メイの様子にセイリオスは苦笑。
「そうだね。城下に出て、人々の生活を見て回るのは、確かに気分転換にはなるけれど、一応これも私の仕事の一つだからね」
──なーんて言って、ホントはただ楽しみたいだけなんじゃないの〜?
とは思っても、口には出さない、分別は一応メイにもあるので。
「ふ〜ん……じゃ、他には?」
「そうだね。メイとお喋りをすることかな?」
「あたしと?」
「君と話をしているだけで、私は随分と気分がよくなるんだよ?」
セイリオスお得意のにっこり攻撃に、メイはやっぱり頬を赤らめっ! こんな台詞を他の男に、言われたら即行殴っているが、セイリオスだと……。
──う〜〜〜〜殿下ほどの美形だと、何言っても許せるわ……。
不本意ながらメイは思うと、「ありがと」とだけ答えを返した。
「で、メイはどうなのかな?」
「あたし?」
「そう、メイはストレスが溜まるとどうやって発散するんだい?」
──そーねぇ……。
「やっぱ……街で買い物とか……騎士団の練習見学に行くとか……かな」
『騎士団』の言葉にセイリオスはピク。
「……メイ……まさか練習に混じったりしてないだろうね……」
「え……や……やっだな〜そんなことあたしがするわけないじゃん」
あはははは〜と笑いながらもメイは内心冷や汗たらり。
──鋭いわ……殿下……。
今の時代(?)女の子も、自分の身くらい自分で守る! と、時々メイはガゼルとシルフィスに、強請って剣術習っているのだ。そんなことなどしなくても、メイには強力な攻撃魔法、『ファイヤー・ボール』があるのだが。
「……まぁ、そういうことにしておこう。他には?」
「他? そーねー……昔は友達とカラオケとか行って歌いまくったけど……」
「カラオケ?」
──あ、そっか。殿下、知らないよね。
剣と魔法のこの世界には、メイの世界の電気機具は、遺物扱いされているのだ。どういったわけでそうなのか、メイにも解らないのだが。
「ん〜っとね……どー言えばいーのかなぁ……。歌の、伴奏だけ流れる機械なんだ。モニターにちゃーんと歌詞が出て来てね、それを見て歌を歌うの」
「へぇ……楽しそうだね」
「うん! すっごく楽しいよ! セイルにもやらせてあげたいなぁ……。二時間くらいやると、結構気分がすかーっ! とするんだよ! 友達と一緒に大声で歌ったりすると、ホント、気持いいんだ……」
言いながらメイは少しだけ、自分の世界を思い出した。帰還魔法の研究は、まだキールが続けている。帰還……というより二つの世界の、行き来ができる魔法だが。それが完成しない限り、メイは元いた自分の世界に、戻ることはできないのだ。それに、もし、戻れたとしても、二度とこちらに帰れないなら、メイには戻るつもりはなかった。何故なら……あちらの世界には、このセイリオスがいないのだから。
それでも……思い出した時は、懐かしく感じるのは当然で。
「……メイ」
自分の世界を思い出し、少しの間黙り込んだ、メイをセイリオスが呼んだ。メイはハッとして顔をあげる。
「あ、ごめんごめん。ちょっと向こうの事思い出しちゃった。ごめんね、殿下」
言ってからメイは思わず「あっちゃ〜」 また殿下と呼んでしまった。
──あうう……また……約束のってヤツかなぁ……。
そう思いながらおそーるおそる、メイがセイリオスの方を見ると。
ふわっ……といきなり暖かいものが、自分を包み込むのを感じた。
──……殿下……?
「ちょっ……でん……セイル? どうしたの?」
「……好きだよ、メイ」
──はぁっ?
突然言われた愛の言葉に、メイは思わず大赤面!
「で……殿下……じゃない、セイル! どうしたのよ! オイ、コラ! 離せ!」
「嫌だよ。メイはどこにもやらない」
「………………」
「心が狭い男だと思われてもいい。メイを……離すなんてできない」
「……殿下……」
心無しかセイリオスの、声が微かに震えている。まるで……怯えているように。
──殿下……。
だからメイは笑って言った。
「どこにもいかないよ」
「メイ?」
「あたし、ドコにもいかないよ?」
こんなにも自分を想ってくれてる、王子様がココにいるのに。
「ね?」
「メイ……」
セイリオスは再びメイをぎゅっ、と力をこめて抱き締める。それはすごく照れ臭いのだが、メイはそれ以上抵抗しなかった。抱き締めてくる力の強さ。それはそのままセイリオスの想い。
──あたしって……すっごく幸せなのかも……。
こんな風に一人の人に、それも自分も大好きな人に、深く想われているなんて。
──……恥ずかしいけどね……。
と、頃合を見計らって、メイはセイリオスに声をかけた。
「……ね、殿下、そろそろ……離して欲しかったりするんだけど……」
「……そうだね」
名残惜しそうにセイリオスは、自分の腕からメイを離す。メイは少し恥ずかしくて、セイリオスの顔をまともに見られず、それを誤魔化すようにお茶の、カップに手を伸ばそうとして……。
「ところでメイ」
セイリオスに呼ばれてメイはくるっ。少し俯いて振り返った。
「なに?」
「四回」
「……え?」
──四回?
一体何が四回なのだ?
思わず顔をあげたメイに、セイリオスは見事なロイヤルスマイル。
「約束のキスだよ」
「………………」
どうやらしっかりセイリオス、メイが『殿下』と呼んだ数、あの状況でも数えてたらしい。
──こっ……このっ! 性悪殿下っ!
そう思いながらもやっぱりメイは、ちゃんと言われた通り四回、セイリオスにキスをしたのだった……。
3
数日後。
魔法院のメイのところに、セイリオスから手紙が届いた。内容は王宮に来て欲しいというもの。
「……一体なんだっての……?」
こんな風にセイリオスから、呼び出し(?)をくらうなんてこと、今までほとんどなかったのだが──何しろそんなことしなくても、メイの方から王宮の、セイリオスのところに行っていたから──ここ数日間キレたキールに、缶詰めにされていたせいで、セイリオスのところへ行けなかったのだ。
「ま、何か用があるのかも。取り合えず行ってみるとしますか〜」
と、いうわけでメイは王宮へ、久しぶりに足を向けたのだが……。
「殿……セイル、何か用なの〜?」
いつも通りセイリオスの、執務室を覗いたメイ。そう言いながらドアを開けたが、肝心のセイリオスの姿がない。
──あれ?
「セイル?」
中に入ってきょろきょろきょろ。どっかに隠れているなんて……
「シオンじゃあるまいし、あるわけないわよね」
「な〜にが俺じゃあるまいし、なんだ〜?」
その声にメイが振り返れば、ドアの側に立ってるシオン。王宮名物(?)すちゃらか魔道士。
「あ……あはは、別に何でもないわよ。ところでシオン、殿……セイル知らない?」
「ああ、セイルなら、あっちの広間にいるぜ?」
「広間?」
何だってそんなところになんか……。
「そろそろ来る頃だから、来たら広間の方にいるって伝えてくれって頼まれてな」
「ふ〜ん……」
──……何か……あるのかな?
相手がこのシオンだったら、また変なこと企んでるか? そう疑いもするところだが、相手がセイリオス殿下なら……。
──イヤ、解らんわ。
何しろ腹黒殿下だし。
「つーわけで、広間に行かねぇのか? 嬢ちゃん」
「え? あ、そーね。うん、一応行ってみる」
例え何か企んでても、呼ばれて来たのは確かなこと。ここで顔を見せずに帰ったら……後が恐いと言うことで。
「じゃーね、ありがと、シオン」
「たまにはオレのとこに茶でも飲みに顔みせろよー」
「そのうちにねー」
メイはシオンに手を振ると、言われた通り広間へ向かった。
「それにしても、なーんで広間になんか……」
いや〜な予感がしてしまうのは、いったいどうしてなんだろう……。
思いながらもメイは広間に、通じる扉を両手で押した。
「セイル? シオンがこっちだって……」
パンパカパーン!
──……え?
メイが扉を開けた瞬間、流れたのは派手はファンファーレ。
──……な……なに……?
戸惑うメイが中を覗けば、同時に白い手袋を、はめた右手が目の前に出て来た。それは……勿論セイリオスのもの。
「殿……セイル?」
「お手をどうぞ、メイ」
──へ……?
全然訳が解らなかったが、それでもメイは目の前に、出されたセイリオスの手を取った。
「ね……ね、セイル。いったい……何?」
優雅に中に導かれながら、メイはセイリオスにそう尋ねる。広間の中には何でだか、オーケストラが待機していて、どうやらさっきのファンファーレは、このオーケストラのものだったらしい。
「ちょっと、セイルってば!」
メイはなおおそう聞くが、セイリオスといえばお決まりの、ロイヤルスマイルを向けるだけで、他には何も言ってくれない。
──いったいなんだってのよ……。
だがこういったセイリオスには、何を言っても聞きはしない。メイは諦めてセイリオスの、好きにさせることにした。
──……取り合えずおとなしくしておこう……。
と、広間のほぼ真ん中、オーケストラの前方の位置で、セイリオスは足を止めた。
「さぁ、着いた」
──着いたって……広間の中には変わりないじゃない。
という文句は飲み込んで。
「セイル……そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? いったいコレは何なわけ?」
「ストレス解消法だよ」
「…………………はぁ?」
何だか実に得意そうに、セイリオスはメイに続ける。
「最近メイ、課題におわれていたみたいだったから、ストレスがたまっていると思ってね。この前メイが言ってただろう? カラバケツとかいうもの」
……それってもしかしてカラオケのこと……?
「歌の、伴奏だけ流れる機械だって、言っていたよね」
……そりゃあ確かにそう言ったが……。
「残念だけど、私にはそれがどういうものなのか解らないから、代わりのものを用意したよ」
代わりのものって……
「……コレ?」
メイが後ろのオーケストラをさせば、セイリオスはにっこり笑い。
「そうだよ」
──そうだよ……って……。
カラオケの代わりにオーケストラじゃ、いくらなんでもスケールが……。
思わず黙るメイの顔を、セイリオスは覗き込み。
「どうかしたかい? メイ」
「……あ……あのね……殿……セイル……」
しかしそこでセイリオスは、気付いたように頷いた。
「ああ、そうだったね、これが足らなかった」
──……はい?
まだ何かあるのかっ! とメイが思うと、同時にセイリオスは両手をパンパン。すると、広間のドアが開き、王宮の使用人がゾロゾロゾロ……。
──な……なんなの?
おまけに彼らは全員が、大きな紙らしきものを持っている。
──……これって……もしかして……。
黙るメイにセイリオスは言う。
「それじゃメイ、何の歌を歌いたい?」
「……セ……セイル……」
「そうだな。まずは試しということで、一度私が選んだ方がいいかな」
セイリオスは何やら曲名を告げた。それは現在クラインで、流行している曲の一つ。同時にオーケストラは待機し、居並ぶ使用人達の──100人近くはいるだろう──一人がすすす……と前に出て来た。そして……持ってる紙を広げる。そこに書いてあったのは……。
──……やっぱり……。
メイの想像したとおり、見やすいように大きな字で、歌の歌詞が書かれてある。
「ちゃんと歌詞も出てくるんだって言っていたよね」
……確かにメイはそう言った。メイの言葉だけを思えば、セイリオスはそれを忠実に、再現ってのをしてはいる。
だが……。
──どうしてこうなっちゃうかなぁ……。
それを再現するために、こんな人員使うなんて。
──いくら王子様だからって、やりすぎだよね。
メイは思うと自分を見つめるセイリオスに向かって言った。
「ね、殿下」
「何だい? メイ」
──う〜ん……やっぱりみんなの前で言うのはよくないかな……?
セイリオスにも立場がある。思ったメイはセイリオスの、上衣の袖を摘んで引いた。
「ね、ちょっと」
場所を移そうと思ったのだが。
「どうしたんだい?」
「ん……外、出ない? 話したいことがあるの」
それにはセイリオスは顔をしかめて。
「ここでは言えないことなのかい?」
「言えないことっていうか……んーっと……」
「じゃあここでお言い」
──……しょーがないなぁ……。
どうやら外に出たくないらしい、セイリオスにメイは諦めた。仕方がない……と口を開く。
「あのね、殿下。これって……あたしのこと思ってやってくれたってのは解るよ。でも、よくないと思う」
「メイ?」
「あたしのために、こんなに大勢の人をまきこんでこんなこと、するべきじゃないって言ってるの。みんな、王宮のお仕事があるんだよ?」
「それは大丈夫。半分は非番の者だよ」
──だーかーらっ!
「なら余計でしょ? みんな毎日王宮で忙しく働いてるのに、せっかくのお休みをこんなことで潰されたら……いい気持じゃないよ?」
「メイ……」
「殿下だってそうでしょ? お休みもらったのに、お仕事が入ったらがっかりするでしょ?」
『ね?』と念を押すように言えば、セイリオスはようやく納得したか。
「そう……だね。メイと一日過ごせるはずだった休みに、仕事が入ったら嫌だものね」
……どうしてもメイが基準かお前……。
取り合えず自分と過ごす云々の、ところはあえて触れないで。
「だから、こういうことは、やめよう? あたしのストレス解消法なら、他にも一杯あるんだから」
「メイ……」
ちょっとしゅんとしたセイリオス。メイは慌ててつけくわえた。セイリオスが自分の事を、考えてやったことに変わりはないから。そして、それが嬉しいことも。
「あ、でもね、あたし嬉しかったよ」
「メイ?」
「殿下、あたしに息抜きさせようと思ってくれたんだよね。その気持ち……すごく嬉しい。その気持だけで、あたし、ストレスなんて消えちゃう」
メイの言葉にセイリオスは、やっと笑顔を取り戻した。そしてメイに手を伸ばす。このままじゃ公衆の面前で、抱き締められるのは必至。なのでメイは慌てて両手を突き出し!
「だ……だから、もうみんなには戻ってもらおう」
「ああ。そうしよう」
セイリオスは頷くと並んでいる、使用人達と、楽団に言った。
「今日は御苦労だった。もうみんな戻って構わないよ」
ついでメイも一言言った。
「みんな、今日はごめんね。ありがとう」
その言葉を合図にしたように、広間の人々はセイリオスとメイに、一礼をして去って行く。全員が全て出て行った後、広間には二人が残されて。
「さて、メイ」
「ん? なに?」
「せっかく来たんだから、部屋でお茶でも飲んでいかないかい?」
「ん〜、ケーキつく?」
「勿論」
「じゃ、行く」
メイの返事にセイリオスは、広間を出ようと歩きかけ……たその足がぴたりと止まった。
「でも、その前に」
──?
「四回?」
──ふえ?
いったい何が四回なのだ?
訳の解らんメイに向かって、セイリオスは必殺ロイヤルスマイルを、メイに向かって投げかけながら。
「約束のキス」
──はうっ!
そう言えばそう言えばそう言えばっ! さっきからメイはセイリオスのこと、しっかり『殿下』と呼んでいた。
「……数えてたの……?」
「勿論」
当然のように言うセイリオス。メイは心の中で絶叫!
──この、性悪殿下っ!
だけどやっぱり惚れてる弱味。メイは大きく肩を落すと、屈んだセイリオスの唇に、背伸びをしながら顔を寄せ──。
4
後日談。
「よ。元気かぁ?」
執務中のセイリオスの、元へシオンがやって来た。
「どうかしたのか? シオン」
「それはねぇだろ〜? ほら、お前に言われてた仕事、持って来たよ」
「ああ、御苦労」
シオンはセイリオスの机に、書類の束をばさりと置く。それからにっ、とセイリオスに笑った。
「お前、何かやったろ?」
「何のことだ?」
「いや〜このところ王宮内の使用人の間で、嬢ちゃんの人気があがっててさ。とても優しい心配りをしてくれるってさ」
「そうか」
「そうか、じゃねぇって。この前嬢ちゃんのために、って、バタバタやってたことと関係があるんじゃねぇのか〜?」
「知らんな」
「またまた〜。非番の使用人たちから手空きの者まで、あんなに大勢強引に招集かけてよ。お前らしくもない」
「必要だったんだから、仕方がないだろう」
しかしそこでシオンはすいっ……。セイリオスの前に顔をつきだし。
「お前、嬢ちゃんがそれを止めるって解ってやってたんだろ」
シオンの言葉にセイリオス、実に優雅ににっこり笑った。
「いや? わたしは単に、メイのストレスを解消させてやるために、用意をしただけだが?」
あくまでそう言うセイリオスに、シオンは小さく息をつく。
「ま、いーけどさ。うるさいジジイたちの評判とは違って、もともと嬢ちゃんは使用人の間では評判悪くねぇからな。」
と、そこでセイリオスが言った。
「実際、この王宮を支えてるのは彼らだからな」
「ん?」
「メイの味方は多いにこしたことはない。そういうことさ」
「なーる」
やはり、あれは結果を見越した、セイリオスの企みだったらしい。シオンは軽く頷くと、『それじゃ』とセイリオスに背を向けた。
「シオン? もう戻るのか?」
「あ? ああ」
「もうすぐメイが来るはずなんだが、一緒にお茶でも飲んでいかないか?」
「遠慮しとくよ。あてられるのは真っ平なんでね。ああ、それから」
「ん?」
「嬢ちゃんならもう来てるぜ」
「……え……?」
セイリオスが珍しく驚いたように、椅子から軽く腰を浮かす。シオンがドアを開けるとそこには……。
「……セ、イ、ル〜……」
怒りの炎を背負ったメイ。
「メ……メイ……」
「……あたしを……ハメたのね……」
「……い……いや、これは……シオン! お前!」
焦るセイリオスが顔をあげれば、小さく舌を出してるシオン。
「じゃ、俺は戻るな〜」
「シオン! 待て!」
慌ててセイリオスはシオンを止める。だが、そのセイリオスの目の前には、静かに(?)怒れるメイの姿。
「……メ……メイ……」
そして。
「今日という今日は絶対に許さないんだからね! 殿下っ!」
その日……セイリオスはメイに言われて『もう二度と騙しません』と、500回紙に書かされたとか……。
KARAOKE? 了
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