『慶国のお茶会』



     

 慶東国に新女王、赤子陽子が登極をし、はや十数年の月日が流れた。
 荒れていた国もそれなりの、落ち着きを見せて来た頃合。だがその慶でどうも一人、日々苛ついてる者がいる。
 ──……今日は……主上のお茶会ですね……。
 そう、それは慶の麒麟。金の長髪に紫紺の瞳が、恐れ多くも麗しい、天帝が遣わした慈愛の仁獣だ。しかし主人の景王曰く『どう見ても仁獣ってガラじゃないよな。あの仏頂面で溜息を吐かれてみろ。思いきり叫び出したくなるぞ』
 その言葉通り四六時中、不満そうにだまーったまま、溜息吐いてる奴なのだが、その景麒の溜息の数が、このところ多くなっている。
 原因はさっき心の中で、景麒が言っていた《お茶会》と言うもの。女御の祥瓊と女史の鈴が──二人とも景王陽子にとっては、女官というより親友だ──陽子に向かって言ったのだ。
『国もある程度落ち着いて来たわけだし、一月に一度くらい、息抜きにみんなでお茶会でもしない?』
 確かに国は落ち着きを見せたが、治水問題を初めとした、インフラ整備その他など、色々課題は抱えている。陽子の仕事量は減らず、むしろ増えている状態。しかしそんな激務だからこそ、ほっとするような一日をあげたい。このお茶会は親友二人の、陽子への小さな気遣いなのだ。景麒にだって解っている。だからお茶会自体には、文句をつけるつもりはない。ただ……。
 ──この前……延台輔がいらしていたからな……。
 先日隣国雁の台輔、その名も六太がいつものように──というところがまた景麒には、ムッとすることこのうえないが──陽子の所に顔を見せ、お茶会の話を聞いて行ったのだ。となれば自ずと。
 ──延王の耳にも入るだろう……。
 延王小松尚隆は、慶にとっては恩人と言える。陽子の登極に尽力をし、その後も何かと後ろ楯になり、慶へ援助をしてくれている、実に有り難い王であり国だ。何しろ雁は奏に続いて、長い治世を誇る大国。国をそこまで存続させるとは、さぞかし賢王と思いきや、実人物は隙あらば、宮を抜け出しふらふらしている、景麒から見たらとんでもない王だ。そいつが何故か陽子を気に入り──まぁ、同じ胎果の王という、共通点があるにはあるが──暇さえあれば……いや、なくとも……慶に来ては陽子に引っ付いている。景麒の苛つきの最大原因だ。
 ──……あの方々のことだ……もしかしたら……。
 そんないやーな予感とともに、景麒は陽子の房室へ向かった。すると廊下の前方から、一人の男が歩いてくる。三十前後の端正な男は、景麒を認めて礼をした。
「冢宰」
 この先は主上の房室しかない。そこから歩いて来たとなると……?
 ──まさか冢宰もお茶会に……?
 怜悧な切れ者と評判の、冢宰浩瀚にお茶会というのも、かなり的外れの連想だが、景麒に気付くゆとりはない。
 そんな景麒の心情に、気付いたか浩瀚は小さく笑った。
「主上は今、お茶会とやらの最中ですよ」
 浩瀚の言葉に景麒は無言。構わず浩瀚は話を続けた。
「どうしても急ぎ、御璽を頂かねばならぬことがありまして、不粋と知りつつもお邪魔をさせて頂きましたが」
「………………」
「なかなか女性三人がそろうと賑やかなものですね。私も茶を一杯飲んで行けと、主上にお言葉を頂きまして」
 景麒、ぴく。
「おまけに無礼講だと言うことで、恐れ多くも主上手ずから私にお茶をいれて頂き……」
 ──何ですって?
 得意そうに言う浩瀚の言葉に、景麒、頭を殴られた気分。
 ──しゅ……主上手ずからお茶を……。
 私にすらいれてくださったことがないのにっ!
 ……と、かなりズレたことを、景麒は心で大絶叫。
 ──なのに冢宰に……。
「台輔?」
 景麒の心中を知ってか知らずか──多分知っているだろう──冢宰浩瀚は進言するように。
「お茶会などとお思いかも知れませんが、主上にも息抜きは必要でしょう。あまり目くじらをたてることもないのでは?」
 ──そんなこと解ってます!
 景麒が怒り狂って(……)いるのは、お茶会云々ではなくて、陽子が手ずから浩瀚に、お茶をいれたという事実。
「しかし……主上のいれてくださったお茶はなかなかのものでしたよ。蓬莱とはいれ方が違うからとおっしゃっていましたが、実に美味で……」
 ──……この男……。
 景麒はジロリと浩瀚をにらむ。だが浩瀚は怯むことなく。
「ああ、台輔は御存じでしょうね。すでに御賞味されていらっしゃるでしょうから。さて」
 これ見よがしに浩瀚は、手に持つ書状を持ち直した。
「私は仕事に戻らせて頂きます。失礼を致します、台輔」
 涼しい顔で一礼をすると、浩瀚は景麒の前を去って行く。景麒はそんな浩瀚の、後ろ姿をじっと眺めた。
 ──冢宰……侮れない……。
 多分自分にとって一番、手強い敵はあの男だろう。何しろ自分と同様に、いつも陽子の側にいるのだから。
 ……の前に敵って何だ、景麒……。
 そこで景麒はハッとした。
 ──こんなところにいる場合じゃありません! 主上の様子を……!
 先程よりも足を早めて、景麒は陽子の房室へ向かう。扉の前に立つと中から、少女の笑い声がして来た。随分話が弾んでいるらしい。
 ここに置いてやっと景麒は気付いた。
 ──……伺っても……よいものだろうか……。
 せっかく女性水入らずで、楽しんで話をしているのに、男の自分が入ったら……。
 ──……さて、どうしたものか……。
 そうやって立ったまま悩んでいると、目の前の扉がいきなり開いた。思わず景麒は大きくびくうっ! そして中から出て来た少女も、驚いたような声をあげた。
「きゃっ! たっ……台輔?」
 見ればそれは女史の鈴。
「景麒?」
 鈴の言葉に室内から、主上陽子の声がする。ついでひょっこり顔を出し。
「どうした? 何かあったのか?」
 いつものように男服を纏い、赤い髪を無造作に束ねた、陽子の姿は女王には見えない。しかし緑の瞳には、強い光が宿っている。それは王者の輝きと言うもの。その緑の瞳を微かに、曇らせ見上げる主上の姿に、景麒は慌てて首を振った。
「い……いえ……」
「いえ、ってことはないだろう。何の用もなくお前がこんなところまで来るわけがないじゃないか」
 ──………………。
 景麒は無表情でがっくり。半身となって十数年、未だ主上の認識はこれだ。
「何だ? 何があった?」
 さっ、と表情を緊張させて、陽子は尚も景麒に尋ねる。正直景麒は困り果てっ! 単にお茶会の様子を見に来た、そんなことなど言えない雰囲気……。
 と、中から声がした。
「陽子、何だか台輔、困っているみたいよ? 本当に用事なんかないんじゃないかしら」
「祥瓊」
 室内で椅子に座ったまま、そう言う美少女は女御の祥瓊。元は芳国の公主だけはあり、女王である陽子より、よほど宮の主人らしい。それがまた景麒には気に入らないのだが。
 おまけに。
 ──何で主上がお立ちになっているのに、女御が座っているんですか!
 景麒が無言で憤っていると。
「そうなのか? 景麒」
 目の前で陽子が尋ねて来た。この機会を逃したら、本当の事は言えないかもと、景麒は素直に『はい』と頷く。同時に陽子は意外そうな顔。
「珍しいこともあるものだな。だったら早くそう言え。全くお前は本当に言葉が乏しくて困る」
「……申し訳ありません……」
「小言を言う時の半分でもいいから、こういう時にもしゃべってくれればなぁ」
「……申し訳ありません……」
 容赦ない陽子の言葉に景麒、いたたまれなくて縮こまりっ!
「そんなんだから、《可愛げのない麒麟第一位》なんて言われるんだぞ」
 ……陽子……それは誰が言った……。
「……申し訳ありません……」
「まぁ、でも」
 返す言葉が見つからなくて、謝るだけの景麒に向かい、そこで陽子は笑いかけた。
「それがお前なんだものな。私ももう慣れたよ。ほら、そんなとこで突っ立ってないで中に入れ。お茶の一杯でもいれてやる」
 ──主上?
  陽子の最後の言葉を聞いて、景麒は思わずどっきーん!
「しゅ……主上がお茶を……ですか?」
「なんだその驚きようは。失礼な奴だな。私だってお茶くらいいれられるぞ。そこに座って待ってろ。ああ、鈴、景麒も来たことだし、悪いけどお菓子の追加、多目にお願い」
「ん、解ったわ」
 どうやら鈴は無くなり掛けた、お菓子を持ってくるところだったらしい。見れば確かに卓の上、お菓子の類いはほとんどない。
「ほら景麒。お前みたいにデカいのがそんなとこに突っ立ってると邪魔だ。早く座れ」
「……御意……」
 言われた通り景麒は示された、祥瓊の隣の椅子に座る。陽子はすぐに景麒の分の、お茶を用意し始めた。
 ──主上が私の為にお茶を……。
 やっと訪れた景麒の春(?)
 ──見ましたか、冢宰! 主上と私の絆を! 主上と私は互いの半身! 貴方になど私は負けはしない!
 ……どうやら景麒、嬉しさのあまり、少々錯乱しているようだ……。
 しかしそんな内心が、全く顔に出ないところが、この景台輔の凄い(?)とこ。だまーったまんま、大人しく、陽子の様子を見ていると。
「……お前……そんなに不安そうな顔で見ていることもないと思うんだが……」
「主上?」
 陽子の言葉に景麒はハテ?
「そりゃあ確かに私は女らしくはないが……そんな風に不安そうに手元を見ていられるというのもな……」
「………………」
 景麒にしてみりゃただ嬉しくて、陽子がお茶をいれる動き、全てを見つめていたかった。ただそれだけのことなのだが……。
「しょうがないわよ、陽子。普通主上がお茶いれなんてしないものなんだから」
 確かに普通は女官の仕事だ。祥瓊の言葉に景麒もうんうん。
「いいじゃないか、たまには。こういう時くらいしかできないんだし」
 言いながら陽子の手は動く。ようやく茶器に茶を注ぐ、その直前までやってきた時。
「よーこー!」
 窓から響いたその声に、思わず景麒は舌打ち(……)をした。首を回せば金髪の少年。言わずと知れた延麒の六太だ。
「延台輔?」
 お茶をいれてた手を止めて、陽子は窓の方へ駆け寄る。同時に六太はひょいっ、と室内に、飛び下りそのまま陽子に抱きつきっ!
 ──!!!!!
 これに目をむいたのは勿論景麒だ。
 ──ウチの主上に何をするんですかっ! 抱きつくなら自分の主上になさいっ!
 ……六太の主上は男だぞ、景麒……。
 しかし陽子も慣れているのか、抱きつく六太を抱き返した。その光景に景麒はガーン!
 ──しゅ……主上! そんな余所の国の麒麟を抱き締めるくらいなら、自国の麒麟を抱き締めてください!
 ……景麒……お前、自分で何を、考えてるのか解っているのか……?
 と、そこで。
「相変わらず仲いいわね。延台輔と陽子」
 祥瓊の呟きに景麒はジロッ。その視線にしかし祥瓊は、軽く肩をすくめただけ。どうやら慶の一部の官吏、女官は麒麟に強いらしい。
「で、今日はどうなさったんですか? 延台輔」
 ひとしきりそうじゃれ合ったあと、陽子が六太に尋ねると、六太は得意そうな顔をして。
「じゃーん! コレ、お土産!」
「お土産……ですか?」
「そう! ビアードパパの限定ココアシュークリーム!」
 言いながら六太が出したのは、持ち手がついてる紙の箱。途端に陽子が声を上げた。
「えっ! どっ……どうしたんですか! それっ!」
「どーしたって、蓬莱で買って来たに決まってるだろ?」
「そ……それはそうでしょうが……でもそれ、一日限定、それも三回売りのみだから、なかなか手に入らないのに……」
 そこで六太はえっへん! 胸はりっ!
「この前陽子達がお茶会するって聞いたからさ、何か美味いモンねーかなーって探してたんだ。したら丁度ソレ売っててさ、買って来たんだ」
「……嬉しい……ありがとうございます! 延台輔!」
 叫ぶと陽子は六太に抱きつきっ! それを見た景麒は再びガーン!
 ──主上! そ……そんなに余所の麒麟がいいんですかっ! 私には一度も抱きついてくださったことなどないのにっ!
 と、ようやくお菓子の追加を、持って鈴が戻って来た。
「ごめん、陽子。お菓子あんまり残ってなかったわ。あるだけもらって来たけど……足りるかしら?」
 御盆にに乗せてあるものは、月餅が数個に団子が数個。
「あ、鈴、大丈夫だ。今、延台輔がいらして、お土産をくださったんだ。これをみんなで頂こう」
 言うと陽子は卓の上に、箱を置いて口を開いた。中にあるのは大きめの、丸い形をしたお菓子。
「これ……何?」
 祥瓊と鈴は初めて見る、中身に少し怪訝な顔。陽子は笑いながら説明した。
「これはシュークリームっていう、蓬莱のお菓子なんだ」
「しゅう……くりぃむ……?」
「そう、皮がパリッ、として、中に甘いクリーム……餡みたいなものだな、が入ってて、美味しいんだよ」
「へぇ……」
「早く食べよう。祥瓊、お皿取ってくれる?」
「はいはい……の前に陽子、あなたお茶いれかけてたんじゃなかった?」
「あ……嬉しくて忘れてた。……これじゃいれ直さないとだな」
 顔をしかめて言う陽子に、鈴が苦笑してそれを止めた。
「ああ、じゃあお茶はあたしがいれるから、陽子はそのお菓子をお皿に出してよ。あたし達じゃ扱い方が解らないから」
「解った」
 という会話に景麒、ショック!
 ──そ……そんな……。
 せっかく陽子が自分の為に、お茶をいれてくれるはずだったのに……。
 ──……主上手ずからのお茶が……。
 ガラガラと夢(?)が崩れて行く……。
「ん? 景麒? どうしたんだ?」
 ショックを受けても無表情の、景麒にしかし同族だからか、気付いた六太がそう尋ねる。瞬間景麒は六太をギロッ。まるで射殺しそうな(……)睨みに、思わず六太は腰を引きっ!
 ──貴方のせいで……貴方のせいで……私は主上手ずからのお茶を飲む機会を失ったんですっ! どうしてくれるんですかっ!
「けっ……景麒……?」
 ──おまけに気安く私の主上に抱きついて……いくら見た目が子供だからって、貴方はもう、500歳以上のお爺さんじゃないですかっ!
「オ……オイ……」
 ──そうなんですね……貴方はそうやって主上を油断させて、麒麟にあるまじきことをしようというのですねっ! そうなんですねっ!
 ……景麒……麒麟にあるまじきは、お前の頭の中じゃないか……?
「景麒……オイ、お前本当にどうしたんだよ……?」
 しかし心の中で思っても、表に出さない(出せない)景麒、六太の問いに視線を外し。
「……何でもありません……」
「そうか? ならいーけど」
 そこで陽子が六太に聞いた。
「ところで延台輔、今日は延王は御一緒じゃないんですね?」
「ああ、あの馬鹿、俺が出てくる時に一緒に抜け出そうとして、とっ捕まってんの」
 きゃらきゃら六太は笑いながら言う。
「最近遊び回ってて、仕事たまってたかんなー。とうとう朱衡がキレたみたいでよ。もー玄英宮の人間総出であの馬鹿抑え込んでとっ捕まえたって奴」
 六太の話に思わず景麒。
 ──ざまあみろですね。
 ……景麒……すでに仁獣じゃない……。
 ──しょっちゅう慶に来て、主上にちょっかいを出していた報いです。どうせならこのまま幽閉でもしてくれるとありがたいんですが。
 ……もしも麒麟が道を失って、王が病に倒れるとしたら、きっととっくの昔に陽子は、倒れているに違いない……。
「ま、アイツのことだ。どーせ隙を見て抜け出すに決まってるから、ほーっておけばいーんだよ。それより陽子、早くそれ食べようぜ!」
「あ……はい、そうですね。さぁ、みんな、延台輔のお気遣いだ。有り難く頂こう」
 陽子の笑顔の一言で、お茶会は再び和やかに──景麒の心の中以外は──始まることになったのだった……。

     2

 数時間後。
 金波宮三人娘&雁と慶の台輔五人での、お茶会は無事に終わりを見せ、祥瓊と鈴は後片付け、陽子は結局仕事へ向かい、そして景麒と六太の二人は。
「延台輔」
「ん? 何だ?」
「……お願いがあるのですが……」
「だから何だって」
「あまりウチの主上に抱きつかないで頂きたいのですが」
「へ?」
 六太、まじまじ景麒を見つめ。
「何で?」
 ──何でと来ましたか!
「いーじゃんか、抱きつくくらい。陽子が嫌がってるっていうなら話は別だけどよ、嫌がってねーし」
 ──だから余計に腹が立つんです!
「……抱きつかれるんでしたら、御自分の主上になさったらいかがですか……?」
「……お前……それ、マジで言ってんのか……?」
 六太はいやーな顔して言う。まぁ……延王はごっつい男。抱きついてもあんまり嬉しくない。
「尚隆なんかに抱きついていいことあるかよ。気持わりー」
 そりゃあ確かにそうだろう。
「その点陽子はさ〜やっぱ女の子だからさ〜抱きつくと柔らかくってあったかくて、いい匂いがしてさ〜すっげイイ気持なんだよな〜」
 景麒、ピク。
「いいよなー。俺も陽子みたいな主上がよかったなー。つーかお前、陽子に抱きついたことねーの?」
「あるわけないでしょう!」
 恐れ多くも主上に向かい、そんなことなどできるわけがない。おまけに景麒は見た目しっかり、成人男子なのだから。
「じゃ、抱きついてもらったことは?」
「………………ないです……」
「へぇ。陽子って結構抱きついてくるみたいなのになー。楽俊も言ってたぜ。慎みを持て、って言ってるのに抱きついてくるって」
 ……と、いうか陽子が抱きついたのは、楽俊が鼠の時だろうが……。
「ま、たまにはお前らもスキンシップってのをしてみれば?」
「すきんしっぷ……ですか?」
 蓬莱の言葉に景気は『?』 六太は思わず小さく笑った。
「触れあってみろ、ってこと。さーて俺はそろそろ帰ろっかなー。今度また、陽子が喜びそうなもの、持って来てやろーっと」
 景麒、ピクピク。
「……延台輔」
「あ? まだ何かあんのか?」
「……そのようなお気遣いをして頂くわけには……延台輔のお心だけで有り難く思いますゆえ……」
「別に気遣ってるわけじゃねーよ。俺がやりてーの。だってこっちにはあっちの《洋菓子》ってのがないだろ? 里心がついちまうとマズイけどさ、あっちの女の子の好物くらい、たまには食べさせてやりてーじゃん。陽子、すっげ頑張ってるんだからさ、それくれーしてやりてーの」
 ──………………。
 何だか景麒、心がチクチク。まるで自分の気遣いのなさを、遠回しに言われているみたいで。
「でっ……でしたら私が……!」
 そう、自分だって一応(?)麒麟。虚海を渡り蓬莱へは行ける。ならば自分が陽子のために、それを調達すればいい!
 ──どうして今まで気付かなかったのだろう! 私が蓬莱へ行けばいいのじゃないか!
 と、そこで六太が一言。
「お前さー、蓬莱で形保てたっけ?」
 ──ハッ!
 以前王を探すため、蓬莱へ行った時自分は姿を、保つことができなかった。王である陽子の側以外は。
「それにお前、蓬莱の文字とか読めねーじゃん。行って問題起こすのがオチなんじゃねーの?」
 見た目は子供、中身は大人の、六太の言うことは的を得ている。陽子を連れ出す時の騒動は、未だに嫌味を言われる出来事だ。景麒はずんずん落ち込みっ!
「あー……あのー……な、景麒」
 そんな景麒の様子にに少し、言い過ぎたと思ったのだろう。六太は景麒の背をポンポン。
「そんなに落ち込むなって、な」
 ──誰のせいだと思ってるんですかっ!
 ……確かに……。
「そんなに行きたきゃ、今度俺が一緒に行ってやるから」
「延台輔?」
「でもって、二人で陽子が喜びそうなモン、探せばいーじゃん。な?」
 やっぱり麒麟は慈愛の神獣。落ち込む景麒を哀れに思ったか、六太は笑顔で励ました。
「つーわけで、さーて、俺は本当に帰るな! 陽子に宜しく伝えといてくれよ! じゃーな!」
 言うと六太は窓からひらりと、身を踊らせて消えて行き……。

     3

 そして残された景麒と言えば……。
 ──主上が喜ぶもの……。
 回廊をひとり歩きながら、しかし景麒の頭はこれだけ。
 ──主上が喜ぶもの……喜ぶもの……。
 思えば陽子が景麒の前で、さっきのように手放しで、喜んだことはほとんどない。いつも気を張った王の顔。見せる笑顔も苦笑まじりで……。
 ──確かに……延台輔のおっしゃるとおり、私と主上は触れ合いというものが少ないかもしれない……。
 となればこれを一つの機会に、陽子との距離をぐっ! と縮めて……。
 ── そう! 主上が喜ぶものを差し上げれば!
『有難う、景麒! やはり私の麒麟はお前しかいない! お前が一番だ、景麒!』
 そしてもしかしたらさっき六太に、抱きついたみたいに自分にも……。
 ──主上が私に抱きつかれる……。
 柔らかくってあたたかくって、イイ匂いがするらしい陽子。自分より小さく細身の身体を、景麒がきつく抱き締め返せば、恥じらうような笑顔を向け……。
 ──……主上……。
 ……景麒……どんぞんズレてるぞ、お前……。
「……主上……もう少しお待ちください……必ずや主上を喜ばせてさしあげます……」
『た……台輔?』
 無意識のうちに景麒はブツブツ、ヤバイこと(?)を呟き始めた。このアヤシイ主人の様子に、景麒の側についていた、指令、班渠が声をかけるが、景麒の耳には届かない。
「ああ……私の大切な主上……」
 幸せな妄想(……)に酔ったのか、何だか頭がクラクラしてくる。身体から力が抜けて行くよう……。
 その時。
 ポタ。
 ──?
 自分の顔……鼻の下を、何かが伝ったような感覚。思わず景麒が衣を見れば、赤いものが染みている。それは……。
 ──血?
 同時に班渠の声がした。
『台輔! どうされたんですか! 鼻から血が!』
 慌てたような班渠の声を、聞きながら景麒は気を失い……。

     4

「大丈夫なのか! 景麒!」
 景麒倒れるという知らせに、陽子が慌てて飛び込んできたのは、それから本当にすぐのこと。景麒も慌てて起き上がる。
「……主上……」
「どうしたんだ? いったい!」
「……いえ……たいしたことは……」
「何を言ってるんだ! それも血に酔ったってのは本当なのか?」
「………………」
 陽子の言葉に景麒は沈黙……。確かに自分が倒れたのは、血に酔ったと言うことになるが……。
「班渠が側にいたって言うから聞いたんだが、教えてくれないんだ。いったい何があったんだ? 景麒!」
 ──………………。
 そりゃあ確かに言いづらいだろう。主人の麒麟が自分の鼻血で、血に酔い倒れたなんてことは。
 おまけに班渠は気付いていた。景麒の鼻血の原因が何か。何しろ倒れる直前まで、『主上……』と呟いていたのだから。
「景麒! 黙ってないで話せ!」
 黙る景麒に業を煮やしたか、陽子がきつい口調で言う。
 そこで班渠が現われた。
『主上、台輔はまだ本復しておりません。それ以上は……』
「班渠」
『後で……ちゃんと御説明致します故……』
「……そうか」
 班渠の言葉に陽子は頷く。不調の景麒に無理をさせている。陽子はそう思ったらしい。
「悪かったな、景麒。ゆっくり休め」
「……有り難うございます……」
「無理だったら、明日の朝儀は出なくてもいいからな」
 陽子は言うと景麒の肩を、軽く叩いて出て行った。景麒はホッと息を吐き。
「……班渠」
『は』
「……主上には上手く説明をしておいてくれ……」
『はい』
 班渠の気配が消えて行く。景麒は再び息をついた。
「……主上にこれ以上の御心配をかけるわけにはいかないな……」
 それでなくても陽子は激務。なのに麒麟の自分が陽子の、心労を増やしてどうするのだ。
 ──……早く……治さねば……。
「……でないと蓬莱へ渡れない……」
 ……って、景麒?
「私には、主上をお喜ばせするという大切な使命があるのに……!」
 ……オイ……景麒……早く治したい、理由は結局ソレなのか……?
「主上! 不甲斐無い麒麟で申し訳ありません! ですがきっと……きっと貴方をお喜ばせ申しあげます!」
 臥牀の上で青い顔しながら、拳をぐっ! と握りしめ、景麒は決心を新たにし……。

 麒麟というのは王が全て。だがその麒麟仲間から『十二国一の主上馬鹿』と、景麒が呼ばれる日が来るのは、そう遠くないことかも……しれない。

                              慶国のお茶会 了


裕奈美様にさしあげた景陽です。いや……景麒片思いですが。
おまけに陽子総受気味ですし(笑)
え〜、ツッコミどころはいくつもありますが、まず一番は
「麒麟がシュークリーム食えるか!」ですな(大笑)
まぁ、それはそれ、これはこれ(意味不明)ってことで。
これ、本当はシリーズ化したかったんですが……尚隆編とか、珠晶編とか、楽俊編とか。
なかなか実現できずにおります。多分、一番景麒がヤキモキするのは楽俊だと思いますが。
本当は陽子に延麒のことを、六太君と呼ばせたかったんですが……それはまた次の機会に。
しっかし……十二国記の世界って……漢字が面倒臭いわ……。

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