『男のロマン』





 その日、ようやく到着し、落ち着く事ができた宿屋で、部屋に入るなり、バルフレアが言った。
「先、風呂入るぞ。いいな」
 伺いではなく、すでに宣言。今日は三人部屋であるため、同室である男二人は、いつものことだと頷いた。その頷きさえ見ず、バルフレアは、すぐにバスルームへ入って行く。残されたヴァンとバッシュの二人は、それぞれベッドに落ち着いた。ヴァンはゴロリと横になり、先程店で買い求めた、スターフルーツに齧りつき、バッシュは武器の手入れを始める。その二人の耳にやがて、シャワーの水音が聞こえて来た。その音に何気なくヴァンが、バスルームのドアを見て。
「そーいえばバルフレアって、風呂好きだよな」
「そのようだな」
 溜息混じりにバッシュは頷く。野営の場合はそうはいかないが、宿というところに泊まれば必ず、落ち着くなりバルフレアはバスルームへ向かう。戦闘のときでさえ身だしなみを、気にしている彼なら当然なのだろう。軍隊経験の長いバッシュには、男がそこまで自分の身なりを、気にする気持ちは解らないが。
「バッシュ? どーかした?」
 今のバッシュの溜息を、聞きとがめたかヴァンが尋ねる。バッシュは何でもないと首を振った。溜息の理由など話せはしない。久しぶりの宿屋、バルフレアとの、熱い一夜を期待していたのが、部屋割りで駄目になったのだなど。
「いや、何でもない」
「そう? ならいーけど。てゆーかさ、今の話だけど、パンネロとかさ、結構自分が汗臭いの気にしたりするから、きっとバルフレアもそーなんだろーけど」
「かもしれないな」
「でも、男なんだから、そこまで気にすることもないと思うよな」
 どうやらヴァンにも理解できないらしい。そう言えば彼は戦災孤児。自分の身なりを気にする程、余裕があったわけではないだろう。それでも自分なりのお洒落を、しているらしいとは装飾品で解るが。
「おまけに長風呂だし」
 ヴァンはもう一つフルーツを取り出し、食べながらムクリと起き上がる。
「今日はバッシュがいるからいーけど、二人部屋の時なんか、バルフレアが風呂入ってる間、俺暇でさー」
 バッシュは武器を磨きながら頷く。一人で暇を持て余している、ヴァンの様子が想像できて。自分の場合はじりじりしながら、バルフレアが出て来るのを待っているので、暇というのとは少し違うが、気持ちは理解することができる。
「寝ちゃったりすると、バルフレアって何するか解んないんだよなー」
「何をするか?」
 この言葉にバッシュは軽く、顔をしかめてヴァンを見た。バルフレアが寝ているヴァンに、何をするというのだろうか?
 ――……まさか……。
 いかがわしいイタズラを……?
 ――いや、そんな……だが、しかし……。
 自分だけでは物足りず、ヴァンまで相手にしているとか……。
 ――だったら何故はっきりと言ってくれないのだ! わたしはバルフレアのためなら、いくらでも努力をするというのに!
 何の努力だと言うツッコミは、取り合えず置いておくことにして、そうやって脳内でぐるぐるしている、バッシュの様子にヴァンはハテ?
「……バッシュ……さっきから何か様子がおかしいけど、具合でも悪いの?」
「い……いや、そうではない」
「それじゃ……あ、もしかして俺、うるさい?」
「そんなことはない。君の話は聞いていて楽しい。気にしないで続けてくれないか」
 だからさっきの話の続き……どんな悪戯されているのか、はっきり聞かせてくれないか? バッシュが暗に促すように、そう言えばヴァンは嬉しそうに笑って。
「やっぱりバッシュって大人だよなー。バルフレアなんか、機嫌がいいときは俺が話しかけても文句言わないけど、機嫌が悪いと殴ってくるもんなー」
「それは難儀だな」
「だろ? あ、で、そうそう、さっきの話だけど、この前バルフレアが風呂入ってる間に俺、やっぱり寝ちゃったんだけど、朝、廊下に出たらパンネロとばったり会って、大爆笑されたんだ」
「……笑われた……のか?」
「そう! 俺が寝てる間、バルフレアが俺の髪にリボンつけたんだよ!」
「……………………」
 と、言うか、朝起きたら、鏡くらい見たらどうなんだ、ヴァン……。
「その前は顔に落書きされたし! 全く、何されるか解んないよ!」
 これにバッシュは安心した。どうやら悪戯というものは、子供がするようなものらしい。軽く安堵の息を洩らすと、手入れをしていた武器に戻る。ヴァンもフルーツを食べ終えたのか、大きな伸びを一つした。
「全く……ホント、バルフレアってどうしてこんなに長風呂かな」
「そうだな」
「風呂なんて、髪洗って身体洗えば終わりだろ? こんなに時間かかるわけないじゃん」
 それからヴァンはまだ水音が、聞こえるバスルームに目をやって。
「な、バッシュ」
「何だ?」
「覗いてみない?」
 ガッシャン! とはバッシュが武器を取り落とした音。
「なななななにを言い出すのだ、君は!」
「だって、興味あるじゃん。何してるのか」
 言うなりヴァンはバスルームへ向かう。慌ててバッシュはそれを追い掛け、ドアの前で腕を掴んだ。
「やめなさい。そんなはしたない事をするのは」
「はしたない……って、別にバルフレアだからいいだろ。女風呂覗くわけじゃないんだし」
「そういう問題ではないだろう」
 バッシュに取っては似たようなものだ。いや、むしろバルフレアの方が……。
 ――……そう言えば、わたしは明るい下で彼の肢体を見た事がない……。
 そういうこと(?)をするのは大抵夜だ。いいところベッドサイドの明かりや、窓から入り込む月明かり程度。
 ――……バスルームでなら……見られるかもしれないか……。
 均整の取れたあの肢体を、シャワーの雫が流れ落ちる様は、きっと美しいだろう……。
「……バッシュ……前屈みになってない?」
「!」
 思わずバッシュは軽く赤面――36歳のオヤジの赤面に、ヴァンが一瞬たじろいだが、幸いな事にバッシュは気付かなかった――ヴァンのような少年ならまだしも、バルフレアの裸を想像しただけで、こんな反応してしまうとは。
「バッシュ、結構やーらしー」
「な、何を!」
「ま、同じ男だもん。気持ちは解るよ、うん。覗きってのは、男のロマンだし!」
「ヴァ……ヴァン!」
「だからさ、バルフレアで覗きの予行練習、ってことで!」
 ヴァンにとってはそうかもしれないが、バッシュにとっては練習ではなく、正真正銘本番だ。すでにドアに手をかけている、ヴァンをバッシュは引き止める。
「ヴァン! やめるんだ! バルフレアに失礼だろう!」
「平気だって。何してるのか、ちょっと覗くだけなんだし」
「駄目だ!」
 モラル云々というよりも、自分でさえ明るい光の下で、見た事のないバルフレアの身体を、何故先にヴァンに見られなければならない! そういうちょっとした嫉妬の気分で、バッシュはヴァンの腕を引く。少しはそれを感じたのか、ヴァンがバッシュを振り返った。
「あ、もしかしてバッシュ、先に見たいとか?」
「そ、そうではない!」
「隠さなくたっていーよ。ほら」
 バッシュはヴァンに押し出された。すでにドアは少し開いている。どうしようかと一瞬迷ったが、その隙間から感じられる、湯気の誘惑は断ち切りがたく……。
 ――……少しくらいなら……大丈夫だろうか……。
 思ったバッシュがドアの隙間から、顔をのぞかせた瞬間。
 カチリ。
 という音ともバッシュの額に、冷たいものが当てられた。
「覗きとは、いい度胸だな、エロオヤジ」
 同時にドアが開け放たれ、現われたのはタオルを腰に、巻き付けた姿のバルフレア。そしてバッシュの額に当てられたのは、愛銃であるフォーマルハウト。
「バ……バルフレア……な、何故……」
「ドアの前で大騒ぎしてりゃな、嫌でも気付くだろーが」
「そ……そうか。と、言うか、君は風呂場にまで銃を……」
「どこのエロオヤジが覗きに来るか解らないからな」
 バルフレアの指はすでにちゃんと、引き金にかけられ引かれる寸前。慌ててバッシュは後ろにいるはずの、ヴァンに助けを求めたが。
 ――……いない。
 逃げ足の早い少年は、すでに部屋から逃亡した後。
「バ……バルフレア、これはだな……」
「良い訳なら、あの世でするんだな」
 言うとバルフレアは引き金を引いた――。



 翌日。
 バルフレアの銃の的に、なりながらもなんとか生き延びて、一晩明かしたバッシュだったが――ちなみにヴァンは帰ってこなかった――銃痕だらけの部屋の惨状に、宿から追加料金を請求され、怒った女性陣……特にアーシェに、しばらくの間男性陣、三人でモブ退治を余儀なくされたとか。

 男のロマン 了
(06.11.25 UP)






ヴァン少年に踊らされる バッシュ将軍、36歳(笑)
でもほら、やっぱり覗きは男のロマンだし。
いや、一応バルと想いは通じ合ってる……はず。多分。
……甘いバシュバルは……俺には遠い彼方の話かなぁ……(マテ)










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